おれん家の本棚

音楽・映画・書籍なんかのテキトーな感想。フツーにネタバレする。

北杜夫「幽霊」

北杜夫というと「どくとるマンボウ」シリーズのような随筆が一般的に有名なのだろう
だが、その一方で純文学も書いている
昔から日本文学だとこの人が一番好きだった
その処女作「幽霊」は
「人はなぜ追憶を語るのだろうか。」
という印象深い出だしではじまる追憶を巡る物語である
表題における幽霊とは過去の隠喩であり劇中で少女の
「幽霊って、この世にいるものじゃないわ。頭のなかだけにいるものよ。ママがそう言ったわ。気の毒な人にだけ、幽霊が住みこんじゃうんだって。あなたは気の毒なひとだって。」
という言葉により過去を追い求めている主人公の問題が明示される
父に、母に、姉に、置いていかれた主人公の姿は作者自身が多分に反映されているので私小説といってもいいだろう
そして雪山で幽霊と対峙する場面を経て自分の人生を生きようと決心する最後は今でも強く印象に残っている
誰も過去に生きることなんて出来やしないという事、それ人生なのだ

「死に選ばれる人はことさらやさしく、ことさら繊細に造られている。さながら死が生に対して自らの優位を示そうとするかのように」


最も人気があるのは「どくとるマンボウ航海記」
最も評価されるのは「楡家の人びと」
なんだろうが
最も心に残るのは本書だろう
青年期の作者にしか書けないだろう瑞々しい文章が美しい